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話を伺うと、もともとは神田で創業したのだという。神田川の水は古くから染物を洗うのに最適で、その周辺は染色産業が盛んだった。大正12年(1923年)、関東大震災で大きな被害を受けた神田の染物屋の多くが神田川沿い(おもに江戸川橋〜中井のあたり)に移転したのだという。その時『柳河』も高田馬場へ移ったのだ。
それから80年余り、時代の流れとともに着物は日常着から贅沢品になり、業界も変化していった。そんな中、『柳河』も分業の中の一工程を担うに留まらず、顧客からの多様なニーズに応えていくというスタイルに変化していった。湯のし・手湯のし、染め替え、浸抜き、生洗い、洗張り、ガード加工、各種染色処理、半天・のれん・手拭いの染、着物・帯の仕立、着付 、貸衣装 、着付教室と多岐にわたる。さながら着物のなんでも屋である。預かり品の中には麻のワンピースやレースのボレロなどもあった。100%天然素材であれば洋服の染め替えも相談にのるのだという。
『柳河』での通常作業のかたわら、着付教室の講師もこなすおかみさんは、長年「紅型染め」を習っている。古い着物の柄を写して、型を彫り、染めていく。見せていただいたお手製の反物、帯、帯揚げは見事なもので、しばらく見入ってしまった。「紅型」仲間と着物で出掛けるのも楽しみのひとつという。
おかみさん曰く、銀座では海外ブランドの店に押され、上質な呉服店がどんどん消えているという。舶来のものをヒイキにするのもいいけれど、世界に誇る日本の文化を忘れてはいけない。伝えたいことは?と尋ねると「いいものを沢山見て、見る目を養ってください。」「一生に一枚でも、いい着物を着てみては。」そしてなにより、「着物に慣れてください!」とのこと。 |